PiLOT WEDDINGのアトリエから( 6 )「肌の色」

Photo by PiLOT WEDDING

沼津市でフリーウエディングプロデューサーをしている秋山ヤスミさんによるコラム第6回。好評の旅コラム、今回はタイ・バンコクのお話です。


かなり昔、アメリカのどこの街だったか忘れたけど、田舎のガソリンスタンドに入った時に、私の方を見ながら店員が夫に「彼女は何人だ?」と、聞いてきた時があった。 

私:何人か当ててみてよ
店員:タイ?
私:ノー
店員:ベトナム
私:ノー
店員:チャイナ
私:ノー
店員:コリア
私:ノー
店員:インドネシア
私:ノー
店員:カンボジア
私:ノー

なかなか出てこない答えと他の店員も巻き込んでのやり取りはかなりの盛り上がりとなり、そろそろ選択肢がなくなった頃に店員から「どこなんだ?」と聞かれたので、「アイ アム ジャパーーーン」と、自信満々に答えた。
そうしたら、店員が眉をひそめながら 「リアリィ?」 と言い返された懐かしい思い出。
というか、私って日本人に全然見えないってことなのか?

時は過ぎ、日本の沼津のコンビニのレジ。きっとフィリピン人のお姉さんだと思うけど、彼女と目が合ったとたん、「アッ!」って言われて、必死に「日本人です!」と答えたら「エー? アナタ スゴイ 似テイル」と言われたのも懐かしい思い出。

そんな私が昔、タイのバンコクに行っていた頃の懐かしい思い出話をします。

古着屋を始めた1997年から10年間、毎年バンコクにでかけていました。

もうホント!「I LOVE BANGKOK♥」
当時は、物価もまだそんなに高くなくて、常宿にしていたインターコンチネンタルホテルはまだ、サイアムスクエアの真ん中にあって、王様の持ち物である土地をホテルが借りているらしく、建物は古くて時代を感じる造りだったけど、広い庭園には孔雀がいたり、まさに都会のオアシスと呼ばれるのにふさわしいホテルでした。

そうそう、私の大好きな大きな池もあったり、芝生の手入れもプールも良いし、一生ここで暮らしたいくらいの天国でした(旅ってそんなもの)

そんな「微笑みの国」バンコクでも私の容姿はやらかしてくれて、夜遊びの帰りにタクシーに乗ってホテルに戻ろうとした時、行き先を告げる夫の発音が悪くて、運転手が私の方を振り返ってタイ語で何かを聞かれたんだよね。
わかる? タイ人お持ち帰りの女の子に間違えられたんだよ! しかもホテルでも…。

だいたいね、TPOではないけど現地では現地っぽい恰好するのが好きだし、スッピンで過ごすのがいけないのか? いや、もう顔はしょうがないとしても、後は肌。肌が黄黒色だからね。だからといって何か特別なケアをするわけでもないし、そもそも人生損してる訳でもないし、「それはそれでしょうがない!自分はこういうもの!」みたいな感じで開き直って、楽しむ方に気分をシフトチェンジしておいた。

私のバンコクでの過ごし方は、朝起きたらゆっくり朝食を食べて、それから午前中に街へ出掛ける。熱帯の気温がヤバくなる昼過ぎにはホテルに戻ってお昼寝をして、気温が下がる夕方からまた街に出掛けるのがいつものパターン。
タクシーで中華街のお気に入りのシーフード屋台へ向かい、満腹になったらトゥクトゥクに飛び乗り、夜風を受けながら活気溢れる色とりどりな花市場の脇を抜けて川沿いのナイトマーケットへ。
タイ特有の音楽が鳴り響き、制服の高校生がデートしてたりと、ここには観光客の姿がない。まっとうな地元が感じられる。そこには、私たち夫婦を「友達」と呼んでくれるタイ人の男の子がいて、毎年、サンダルを売る彼のお店を見つけるのがうれしかったし、我々を見つけた彼が真っ先に声を掛けてくれることが幸せだった。

店先で再会の挨拶を交わし、一緒にお喋りをして、またナイトマーケットを冷やかしながら周る。後で来るだろう彼の友達の分の食べ物も買ってお店に戻ると、やはり3、4人くらい友達が来ていた(きっと彼が呼んでくれていた)
そんな懐かしい顔ぶれの中に、久しぶりに会う彼女の顔を見つけた。彼女はタイ語で、私は日本語で、いつも笑ってお喋りができた。だいたいがお互いの言葉の真似事だったけど、それだけでみんなで笑い合えるんだから平和だ。

ある年のこと、隣に座っていた彼女が私の腕をさすりながら何か言いいはじめた。その言い方は誉めている感じにも取れたし、何か悲しげにも聞こえる。英語ができる子に聞き直してもらったら「私の肌が白くて綺麗だ」って言ってているらしい。
いやいやいや、私は謙虚のような本心「私の肌は黒い方なのよ」って思わず返してしまった。
で、ハッとしたの。彼女の肌は私よりも黒かったから。

彼女の話だと、タイはもともと住んでいたジャワ人の黒い肌は“悪い人”。後から来た華僑の白い肌が“善い人”
そんな差別があることを教えてくれた。同じアジア人で差別があることを初めて知ってショックで言葉が出なかった。でも、よくよく考えてみると自分でも思い当たることが沢山出てきた。
日本人に見られなくて怒っていた自分だ。

そうだよ! 何に怒っていたんだよ、私のそれも差別じゃなかったのか?

それから街で見る看板のほとんどが白い肌のモデルだったことに気づいた。TVドラマの主人公は白くて、悪役はすべて黒い肌。アジア人の中にも白人と黒人がいることを知ってしまった。

あの彼女の話の後に、若かった私は「そんなことどーでも良くて、私はアナタが好きだよ」なんてしか言えなかったけど、あの日から私の中で大きなものが変わったのは確かだ。

大切な事を教えてくれた街バンコク。大好きだよ。


PiLOT ordermaid wedding 秋山ヤスミ

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