御殿場市で暮らす会社員、時々一箱古本市の主催者である榊翆簾堂番頭さんによるおいしいものコラムの3回目、今回は御殿場市にある秋山製麺へ。
「製麺所っていいよね。好きな小売店の上位」と彼女は言った。
そうかもしれない。
その製麺所は、いつもと違う道を通った時に偶然見つけたが、それは僕が見つけるずうっと前からそこにあった。町の中にはそういうものが幾つもある。
あの豆腐屋も、あの喫茶店も。
空気のように、それはそこにあるのだけれど、普段は気にも留めていない。町の製麺所っていうのも、そういうものかもしれない。
秋山製麺所は、御殿場駅の南西の幼稚園の前で、大きなカンバンを慎ましやかにかかげている。多分、卸売りが主なのではないかと思うが、小売りもしてくれる。2玉とか4玉くらいしか買わないのだけれど、御主人はいつもニコニコと対応してくれる。
入口は引戸で普通の家みたいだ。中に入るとそこは広い通路になっていて、その端っこに事務机が置かれ、正面の水槽の中には2匹の玉虫の標本が生きているかの様に飾られている。よく見るとクワガタもいる。その向こうは作業場のようだ。
商品の種類は多く、夏には生の素麺なんていうのもある。今は、平打ちのうどん。乾麺のような口当たりで、表面はつるりとして、噛みごたえもある。
蕎麦は、御殿場の辺りで昔から食べられていたという山芋を繋ぎに使った麺を売っている※1。
年末には、山芋の量を倍にした特製蕎麦も売っていた。「繋ぎが倍って?」と疑問に思うそば好きもいらっしゃるとは思うけど、御殿場の寒い冬を乗り切るために栄養付けてねって感じのサービスだと思う。
ラーメンは、細麺と太麺がある。手打ちの太麺を味噌や肉汁に合わせるのが僕等の好みだ。蒸し焼きそばは、ムッチリした噛みごたえがクセになる。食べるたびに、チャンポンにしても美味しいかもしれない、と思うのだけれど、まだチャレンジはしていない。
ワンタンも売っている。ミルフィーユの様に重なっていて、ズッシリとした手応えがあった。
「肉も入ってると思った」と言ったら、「製麺所でそんなもの売るはずあるかい」と呆れられた。
まあ、それはそうだ。と、ワンタンの皮のスープを愉しみながら、「いい店を見つけたなぁ」という感慨と共に、それら全てを含め、ホンワカとしたノスタルジーに酔っていた。ワンタンは、具を入れずにそのまんまだと、そのまんまの味わいを知る事になる。
しみじみ、美味しい。
こんなふうに思うのは、僕のセンチメンタルに過ぎないのかもしれないけれど、段々薄くなっていく町の空気を胸いっぱい吸った感じだ。
普段気付いていないだけで、いつもと違う角を曲がり、通ったことのない路地を歩いてみれば、あなたの町にもあるかもしれません。見つけてしまうかもしれません。製麺所っていうのは、多分そういうもの。
有限会社秋山製麺所
〒412-0045 静岡県御殿場市川島田451−8
0550-82-0562
※1 箱根と富士に挟まれた黄瀬川流域は、古くは藍沢原と呼ばれ、そこに大沼鮎沢御厨があったと言われています。そのことに由来し、東海道線の御殿場駅開業と同じ1889年(明治22年)に、現在の御殿場市の基になる御厨町(みくりやちょう)が成立しました。「御厨」とは「神の台所」という意味で、伊勢神宮に献上された土地の呼び名です。平安後期から律令制の形骸化や東海地方の海運の発展と共に、東海道沿いに多く成立しました。鎌倉時代に箱根峠を超える鎌倉往還ができるまでの古代東海道は、黄瀬川沿いに藍沢原を通り、足柄峠を超えるルートだったのです。
このような歴史に因み、御殿場で古くから食べられていた蕎麦が「御殿場みくりや蕎麦」と名付けられました。その特徴は、山芋や自然薯を練り込んだ麺と、鶏肉やきのこや人参などの入った甘味のある汁です。
写真と文 榊翆簾堂番頭
普段は平凡な会社員。時々、一箱古本市の主催者の一人。出店するときは、あまやかんと名乗り正体を隠している。マンガ読むのが好きで、映画見るのが好きで、食べる事はもっと好き。